煙の末 9
睡眠
月齢、季節、いびき…さまざま
敵の襲撃に備え、忍者は心臓を下にして寝た
潜入に不可欠
発見されず目的を達成するため、忍者は人が眠りについてから城や屋敷に潜入することが多かった。用心には用心を重ね、忍びに適した日を選んだという。
 秘伝「地蔵薬師の前後の心得」は、旧暦(太陰太陽暦)を用いて、忍びに適した日を教えている。地蔵の縁日の毎月24日の後と、薬師の縁日にあたる8日より前が最適としている。月明かりのない新月の周期を利用したものだ。昔は現金を自宅で保管しており、泥棒や強盗が絶えなかった。警戒心から眠りが浅く、さすがの忍者とて容易には忍び込めなかった。そのため、忍術では人の眠りについての研究がなされていた。
 忍術伝書には「四季弁眠大概」という、四季による人の睡眠状態の違いを解説している。また、祝言の翌晩や隣家に火事、事件のあった次の日の夜、家族が病気から全快した日の夜、宴会の後や葬式の二、三日後の夜
は、心身ともに疲れているので眠りが深く、忍び込みやすいとしている。風雨の夜も物音が聞こえないため好都合。特に、雨の日は夏でも涼しく、冬でも暖かいため、人は安眠するという。
 敵が熟睡しているかどうかは、いびきを聞いて確かめた。昔の人は、就寝中にいびきをかくのが普通だったといいう。いびきから健康状態を判断するという生活の知恵もあったぐらいだ。昔の人と比べて現代人があまりいびきをかかないのは、栄養が十分で健康な証拠だろう。風雨などにより聞き取りにくい時には「聞き筒」という、伸縮可能な真ちゅう合金製の筒を使うこともあった。騒がしい現代とは異なり、夜はしんと音がしみ渡るほど静かだった。その上、木造で、部屋の仕切りもふすま一枚という日本建築は音がよく響く。だが、いかに訓練を積んだ忍者とて、縁の下に潜んでいる時に、むせてセキが出そうになることもある。そんな場合には気づかれないよう、「忍び筒(忍び竹)」という竹筒を使った。地面につけた筒の中でセキをすると音がもれないので、忍者は夜忍の際には必ず「忍び筒」を持参した。
 忍者は敵の襲撃に備えて、左向きに横になって眠ったという。万一切りつけられても命だけは助かるための工夫で、心臓が下になるようにして寝た。忍者は寝相もよかったようだ。